郵便珍話 - 郵便豆知識10 -  ★郵便やDM発送のご担当者必読

郵便珍話(DM発送代行・㈱アルファラン)

 

「郵便珍話」は郵便や宅配その他発送や情報通信にまつわる珍しい話や豆知識、最近の話題、一般的な疑問点などを話題にしたエピソードなどをコラム的に記載したものです。

郵便・DM発送のプロならではの視点をお楽しみください。

 

 

 

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被災地へ届けるちょっとした心配り

 

近年は、「これまで経験したことがないほどの大雨」といったドキッとするニュースが頻繁に流れます。

今年も、特に西日本で大雨や台風による被害が相次ぎました。

また、ちょっとした地震があっても、南海トラフ地震への恐怖感がつのります。

 

既に想像も想定も出来ない事態が身近にある。そんな時代になりました。

 

 

被災地の方々は、大変な苦労をされていますが、その苦労は台風が過ぎれば終わるようなものではなく、その被害が人生をも変えてしまう起点となっていることを知り、継続的な支援の手が必要と感じます。

 

甚大な被害が出ている地域に、もし自分の家族や親類、友達が住んでいる場合、何とか救援物資や手紙を届けたいと思うでしょう。

その場合の注意点を確認しましょう。

 

甚大な被災地への荷物の宅配は引受停止となります。

ゆうパック、ヤマト便、佐川便etc

ただし、郵便は「荷物」に該当しませんので、余程の事がない限り書留などの郵便物の引受が断られる事はないようです。

宛先の住居が存在している限り、郵便であれば遅延はあっても届くでしょう。

 

ただ、宅配便であれ、郵便を利用する場合であれ、単に受取人の住所を記載する前に、出来得る限り受取人の状況を事前に把握しておくことが望まれます。

 

例えば、受取人が自宅にいないケース。

避難所にいる場合や近くの知人の家に避難している場合は、宛先の記載には当然その避難先の住所を記載する必要があります。

 

ただ、特に避難所の場合ですと、施設名と受取人名だけの記載だと、その対象となる人を探し判別するのに時間がかかります。

同姓の方もいるかもしれない。間違えてしまうと、知らない人に手紙や荷物が開けられてしまう可能性もあります。

 

何より、大変な中で配達して下さる配達員や、施設のスタッフやボランティアの方にも不要な手間をかけてしまう可能性もあるのです。

 

よって、宛先を記載する場合は、避難所施設の住所の下に、自宅住所を書いておくと本人確認しやすいのです。

 

郵便番号や住所は、その避難先の施設名や知人宅を記載。「気付」「様方」などを書いて、その下に受取人の名前(フルネーム)と自宅の住所を記載しておけば、まず間違うことはないでしょうし、もし受取人が避難先から現住居に戻っている場合でも問題はないはずです。

避難生活で手元に置いておくべきお金は? 通帳印鑑なしでも預金 ...

宅配便の場合であればスマホの電話番号も漏らさず記載しておけば確実でしょう。

そういった配慮が、現地にいる方々の負担をも減らし、結果として早い段階で届けたい手紙や荷物が配達されることになります。

 

気を付けたいのは、「こっちは支援しているのだから」と、現地の働きを”当然”と思ってはいけません。

それでは、せっかくの善意が独善になってしまいます。

”寄り添う心”は最大限の気遣いとして現れるものと思います。

 

 

ところで、大きな被害を受けた地域では、郵便局が「車両型郵便局」を現地に派遣し、「郵便物」をはじめ「ゆうパック」の引き受けや「ATM」による貯金の預入・払戻しなどの生活基盤を支えるサービスが提供されます。

これから更にこういった被災地支援の需要は益々大きくなっていくのでしょう。

 

 

被災地の方々の生活レベルに思いを馳せる支援。さらには、現地でサポートしている方々のことをも考慮した気遣い。

そういう「やさしく支え助け合える社会」を、またその心を、最悪の時にこそ自分の中に育てていきたいものです。

(2020.09)

 

 

 

 

 

意外と使える「一筆箋」

 

私たちのような郵便の発送代行の仕事をしていれば、必ず郵便局のHPのニュースは毎日目を通します。
最近では、新型コロナウイルスや大雨の影響を受けている郵便局などもチェックしています。
何しろ、配達の遅延や、配達そのものが困難な地域も出てくるからです。

 

 

ところで、郵便局のHPを見ていると「手紙の書き方」というページがあり、
何となくみていくと「一筆箋の使い方」というメニューが出てきます。
https://www.post.japanpost.jp/culture/howto/letters/index.html

あまり聞きなれないなと思い、もう少し見てみました。


一筆箋(いっぴつせん)とは
『縦18センチ×横8センチほどの短冊型の細長い便箋のこと』とありました。

用途は、
『日常生活において、また仕事の場面においても、人と物をやりとりするときには、
いつも一筆箋を使いましょう。
・誕生日、お中元、お歳暮、母の日、父の日、クリスマスなどの贈り物を送るとき
・借りていたDVDや書籍を返すとき
・お金を返すとき
・仕事で商品や必要書類、請求書や資料を発送するとき
これらのときに、ちょっとしたメッセージやお礼の言葉をしたためて送ります。
すると、相手は「気がきく人だな」「丁寧な人だな」などと思って、
あなたに対してよい印象を抱くでしょう。』

とありました。

また何とも具体的な「目的」だなと苦笑しましたが、
その後「一筆箋」を自分がすぐに使うことになるとは思いませんでした。


高校時代に、共に軟式テニス部(今はソフトテニスと言うのでしょうか?年代がバレますが)で
汗を流した親友から連絡があり、突然、7月から仙台に転勤に決まりました。

初めての単身赴任、初めての一人暮らしだから、何か彼にふさわしい贈り物をしようと考えました。

 

高校1年の入学時から180cm近い身長が、卒業するころには190cm近くまで成長していた巨人だったので、
「山のイメージの何かがいい。むこうでは当分拝めない富士山の何かがいいかな。」


そんなことを考えてふらりと銀座のデパートを散策。

すると目に入ったのが、時々テレビでも話題になる田島硝子の”富士山ロックグラス”でした。
よくお土産やプレゼントの売れ筋ランキングで上位に入っているようです。


グラス底に富士山の型があり、実際の富士山のイメージを意識して精巧にデザインされているので、
飲み物を注ぐと、かなりリアルに富士山が浮かび上がる代物です。

 

「ちょうど夏だし、グラスもいい」
しかし、突然このようなものが送られてきてもと思い、メッセージを添えるカードを求めて文具コーナーへ。
そこにあったのが「一筆箋」でした。

早速、富士山に似合う空色の一筆箋を購入。
”これで、仙台の夏を乗り切ってくれ!!”
と走り書きしてグラスの桐箱に納めて発送しました。

ただ、郵便局のHPにあったように「気がきく人だな」「丁寧な人だな」と思われたかは不明。

 

しかし、それからこの一筆箋の使いやすさに目覚め、ちょっとした伝言メモにまで使用している今日この頃です。

(2020.07)

 

 

現在に活きる「自動販売機」

 

紀元前2世紀後半。
古代エジプト最後の王朝であるプトレマイオス朝の首都として発展した都市アレクサンドリア。
そこに、水の「自動販売機」があったそうです。

 

発明したのは、数学者でもあった科学者ヘロン。
世界最古の自動販売機は「聖水自動販売機」という名前で、ヘロンが著した書「気体装置」に載っているそうです。

「自動」というだけあって、硬貨を入れると重みで栓が開き、蛇口から水が出る構造だったとか。
この自動販売機、神殿前に置かれ、入殿者が身を清めるために利用したといわれます。

<自働郵便切手葉書売下機>


さて、日本で現存する最古のの自動販売機は何と”切手・葉書”の自動販売機です。
名称は「自働郵便切手葉書売下機(じどうゆうびんきってはがきうりさげき)」。


明治37年(1904年)に俵谷高七(たわらやこうしち)という人が作ったものだそうです。
向かって左側が1銭5厘のハガキの販売用の口で3銭入れると2枚出てくるそうです。
右側が3銭切手の口で、真ん中の下方にはポストも付いています。


それだけではなく、在庫がなくなると「うりきれ」と表示され、硬貨が返却されるのです。素晴らしいこだわりに感服しました。

この販売機は、当時の逓信省で買い取られたようですが、残念なことに装置の作動が正確でなく、実用には至らなかったようです。

<俵谷高七>

実は、現在の赤いポストの原型も、高七が考案したものです。
「俵谷式柱箱」と呼ばれ、高七が初めて鉄製の赤色ポストを発案したのです。

 

 


時は流れ、自動販売機は主に清涼飲料商品を筆頭に様々なジャンルで活躍しています。
現在の国内自動販売機普及台数は、約500万台と言われます。
デジタルサイネージを含めた技術の発達とともに、様々なハイテク技術も搭載されるようになりました。

 

 

もはや私たちの生活は、自動販売機なしでは考えられない状況ですが、これも古代エジプトから始まり、日本で発展したと考えると、感慨深いものがあります。

 

(2020.06)

 

 

 

 

 

 

「白バラ」とゾフィー・ショルの手紙

 

2005年に映画『白バラの祈り ゾフィー・ショル 最期の日々』がドイツで制作されました。
それは、1942年から翌年にかけて起きた「白バラ抵抗運動」の実話をもとに描かれた作品です。

 

(白バラ抵抗運動記念切手)

戦後のドイツでは、このレジスタンスの活動、なかでもショル兄妹に惜しみない賞賛が与えられているのです。

 

「白バラ」とは、第2次大戦中の、ミュンヘン大学の学生で構成された反ナチス抵抗組織のことで、
この作品の主人公ゾフィー・ショルは首謀者であるハンス・ショルの妹です。


たった半年程度の地下活動、そして、国家反逆罪により21歳という若さで斬首刑にされたゾフィー。
その最後の日々は、あまりにも鮮烈です。

 

史実も踏まえ映画の内容を少しだけ紹介します。

~~~~~~~~~~~~~
組織の主な活動は、ナチスへの抵抗と戦争早期終結を呼びかけたビラを作成し各所へ郵送するもの。
あるとき、若い兄妹は、余ったビラをミュンヘン大学構内で蒔くことを計画。

 

1943年2月18日昼前、まだ閉まっている講義室の前と廊下に1,000枚以上のビラを置き、
残りも全て撒こうと3階吹き抜けからトランクの中の残りを玄関ホールに落として撒きました。
大量のビラが舞う玄関ホール。

 

残念なことに、それをナチス党員の学校関係者に目撃されてしまい、
二人はその場で秘密国家警察(ゲシュタポ)に逮捕されてしまいます。

容疑を否認し一旦は釈放されるかに見えたものの、直前に証拠となる大量の切手やビラの原稿などが押収されます。
万事休す!
覚悟を決めたゾフィーは一転、容疑を認めるとともに、自らの良心、正義の主張を展開します。

 

捜査官はまだ若い女性であるゾフィーを見てこう誘導したといいます。

「兄(ハンス)にそそのかされただけで何も知らなかったと証言しなさい。そうすればあなただけでも助かる。」

しかしソフィーははっきりと言い切ります。

【ゾフィー・ショル】

【ゾフィー・ショル】

「私は自分が何をしたかを理解しています。もし機会があるならば私はもう一度同じことをします。」

「私は間違ったことをしていません。間違ったことをしているのは、あなたたちの方です。」

 

クライマックスの舞台は悪名高き「人民法廷」。
相手は、ナチスの古参ローラント・フライスラー。
彼は、不法な見せしめ裁判で数千人に死刑判決を下した不当な判事です。

逮捕からたったの4日後、形だけの裁判で、夢も将来もあった若者達は

反逆罪の汚名と共に、判決のその日のうちにギロチンでこの世を去りました。
1943年2月22日のことです。

 

しかし、処刑前の最終弁論でゾフィーが判事フライスラーに毅然と言い放った言葉が胸をえぐります。


「今にあなたがここに立つわ!」

 

映画は処刑のシーンで終わりでしたが、
史実では、それから2年後の同じ2月に、フライスラーは空爆で死亡。
人民から裁判で裁かれることはなかった彼は、死しても尚、人道の歴史から永遠に裁かれることとなったのです。

 

ところで、逮捕の前日にゾフィーが友人リーサへ送った手紙には、まさか数日後に

自分がこの世から消えてしまうことなど考えも及ばない、若者のまぶしいほど溌溂とした生命力が踊っています。

 

「今、蓄音機で『鱒(ます)』の五重奏を聴いているの。(中略)
このシューベルトの作品からは文字通り空気を感じ、香りを嗅ぎとり、
鳥たちと全被造物の歓声を聴きとれるのね。
ピアノで繰り返される主題 ― まるで冷たく澄んだ泡立つ水のよう。
ああなんてすばらしい。」

 

(2020.05)

 

 

歴史観を養う ― 時代に生きた人のメッセージを読む ―

 

歴史の研究・調査により、新たな真実が見えてくることで、私たちが学生時代から学んできた歴史像が大きく変わってきていることに気づきます。

 

例えば、

鎌倉幕府の成立は1192年(イイクニ)で習いましたが今は1185年(イイハコ)。

大化の改新は645年と習いましが、今は646年。

「これは源頼朝や足利尊氏である」と教わった肖像画は実は別人であった。

西郷隆盛の肖像画は実は想像で描いたものでぜんぜん似ていない。

などなど。

こうなると、私たちが学ぶ今の歴史は近い未来には変わっているかもしれない。

ならば、学ばない方が良いのか?

などと思ってはいけませんね。

 

学生時代に読んだ本に、歴史を学ぶことについてとても興味深いことが書かれていました。

それは、

「歴史を学ぶとは、歴史観を養うこと」

とありました。

私が子供のころは、エジプトのピラミッドは「強制労働」によって作られた建造物であると習いました。

教科書には、鞭で打たれながら石を運ぶ奴隷の絵まで描かれていました。

では全てのピラミッドがそうであったのか。。。

 

エジプトのピラミッドで有名なのは「クフ王」のピラミッドです。

時の経過の中で、多くのピラミッドは崩れ破損し原形をとどめないものもある。

その中で「クフ王のピラミッド」は、もっとも原形をとどめています。

 

ある人はこう考えたといいます。

ピラミッドの建造には何十年もかかる。

もし、俗説のように奴隷たちが権力によって虐げられながらつくったものであれば、

また、もし、人々が他から強制されてやむなく取り組んだものであるならば、

何千年も長く存続できるものだろうか?

 

ピラミッド

その後、この採石場からは石工達の労働歌や王への賛歌の文字が発見されました。

そこから読み取れる労働者は、決して強制的に駆り出された奴隷とはかけ離れていて、

むしろ建造に携わる事に誇りと喜びを持っていたようです。

 

尋常ではない熱意、緻密にして完璧な計算。

そして長い時間をかけて一生懸命、心をこめて造った。

それがクフ王のピラミッドであるというのが今の定説のようです。

 

従事する偉業、その喜び、感動。

その思いが未来へのメッセージとして刻まれた採石場。

虚像は長い時間の中で崩れ、真実の思いこそ歴史の篩(ふるい)にも耐えうるのだと。

 

それを見抜ける目を養うこと、その時代に生きた人からのメッセージを読み取ること。

それが歴史観を養うことであり、本来の歴史を学ぶ姿勢なのだと思います。

 

(2020.04)

 

 

「日出処の天子」

 

『日出処(ひいづるところ)の天子、書を日没する処の天子に致す。つつがなきや…』(日出処天子至書日没処天子無恙云々)

これは、推古15年(607年)、厩戸皇子(うまやどのおうじ 後の聖徳太子)が隋の皇帝に送ったとされる有名な国書の一文です。

聖徳太子

30年以上前には日本の漫画作品「日出処の天子」(山岸涼子作)が大ブレイクしました。

 

”東の国(日本)の天子から、西の国(隋)の天子へお便りします。お変わりなくお過ごしでしょうか?”

これを読んだ隋の煬帝(ようだい)は激しく怒り、次からは無視しろと高官に言ったと隋書倭国伝にあります。

 

理由には多くの説がありますが、日本を「太陽の昇る国」、隋を「太陽が沈む国」と表現したこと。

もう一つは隋の皇帝にしか使用されていなかった「天子」という言葉を日本でも使ったことが原因のようです。

何しろこれは、大国に対してあからさまに「あなたとは対等の国同士ですよ」と言ったようなもの。

 

翌年、「東の天皇、敬しみて、西の皇帝に白す」との書き出しの国書を再度送っています。

一見、少しへりくだったようにも思えますが、依然として双方に共通する「皇」という字を用いて地位を強調しています。

 

 <法隆寺>

<法隆寺>

当時、隋周辺の国々は使いの文書には臣下の礼をとり、絶対服従の態度で臨むのが常の時代でしたから、対等な立場での文面を送った厩戸皇子の外交的真意は計り知れません。

 

そこには、国際情勢の読みとして、高句麗との争いに苦戦する隋の将来を見据えていた(実際、この11年後には隋は滅んでしまいます)のかもしれませんし、

また、587年に蘇我馬子が物部守屋を滅ぼした「丁未の乱」以降、安定した政治・経済により国力増強(冠位十二階による人材登用や十七条憲法制定も遣隋使の少し前)していたことも関係しているかもしれません。

 

この文面が日本における最古の「書簡(おそらく木簡)」の記録と言われますが、これらの記録から様々な時代背景や国の力関係などが見え隠れし興味をそそられます。

 

しかし、単に古いから有名なのではなく、何よりこの文章の表現が粋で美しく、この名文こそが日本最古の書簡の記録であることに何やら喜びが湧いてきます。

 

(2020.03)

 

 

 

 

 

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