郵便珍話 - 郵便豆知識10 -  ★郵便やDM発送のご担当者必読

郵便珍話(DM発送代行・㈱アルファラン)

 

「郵便珍話」は郵便や宅配その他発送や情報通信にまつわる珍しい話や豆知識、最近の話題、一般的な疑問点などを話題にしたエピソードなどをコラム的に記載したものです。

郵便・DM発送のプロならではの視点をお楽しみください。

 

 

 

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紙のある世の中

もう25年以上前に読んだので細かい内容までは記憶していませんが、時折思い出すSF短編小説があります。

 

ある青年が朝目覚めると何となく部屋の中の風景が違う。でも、何がどう違うのかがわからない。
寝ぼけながら街に出てみると見慣れた街並みも駅の風景も何となく変わっている。
ただ、そんなことに気をとられている場合ではないことに青年は気づく。
明らかに人々がパニックに陥っているのだ。誰もが何かに脅えている、言い知れぬ恐怖。

 

結論は、「紙」を食べる特殊ウィルスが原因で世の中からあらゆる”紙”がなくなったというものでした。
だから、家の中からはカレンダーも本もなくなっている。街にはポスターの1枚もないどころか、お金もない、仕事の書類もない。当然、郵便物もない。
空の金庫 まだインターネットが普及している時代ではなく、メールのやりとりもない。
”紙”がこの世から消えただけで、人類の日々の生活は停止してしまう。

そのように、一晩で世界が変わってしまったという小説です。

 

ぼんやりと内容を思い出しながら「紙」の発明がいかに偉大かを感じずにはいられませんでした。

 

紙の発明の起源は中国と言われています。

韓国の歴史ドラマなどを観ているとよく木簡(文字を書くための短冊状の細長い木の板)が出てきますが、その通信手段が紙にとって変わってからは歴史を大きく変えていく担い手となります。

当然、単なる通信手段だけでなく、芸術や教育といった文化全般にも大きく影響を及ぼしました。

 

ヨーロッパや日本でも同様でしょう。

7月に国際展示場にて開催された「販促EXPO」に行ってきましたが、販促・広告・販売支援の分野でも何かしら印刷に関係する出展が多く
世の中まだまだ紙で回っていると感じずにはおれません。
デジタル・サイネージであっても最終アウトプットが画面なだけであって、そこに至るまでには紙の恩恵を大きく受けているのです。

 

ところで、通信・通貨などがデジタル化された現代の姿を見てみると不安なことばかりです。

ATM

増加するサイバー犯罪、有害なマルウェアの拡散とその手口の巧妙化。
ソーシャルメディア利用の激増とその脆弱性を突いた脅迫行為。
企業のセキュリティ対策もサイバー犯罪の動向に追いつけない昨今、その企業に生活インフラを委ねる私達は深刻な立場にいるのです。

 

などと、あまり恐怖を煽るのはSFの観すぎかもしれませんが、やっぱり最後は「紙」が強いのかなとも思ったりします。

 

紙を食べるウィルスが蔓延しなければの話ですが。。。

(2015.08)

 

真田の智勇と情報通信の力

 

豊臣政権の象徴・大阪城が徳川幕府によって灰燼に帰したのは1615年5月(旧暦)。

既に話題になっている2016年1月放映開始の大河ドラマ「真田丸」では、大坂の陣がクライマックスになることでしょう。

 

私を含め真田ファンを虜にする真田一族の魅力のひとつは、その知略にあります。

大坂夏の陣図屏風

大坂夏の陣図屏風

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

特に、最大のライバルである徳川家康に何度も煮え湯を飲ませた智謀・戦術は圧巻。

 

1回目は、第一次上田合戦。

真田の居城であった信濃国の上田城(現:長野県上田市)での戦いです。

猛将率いる徳川7,000の兵を迎え撃つ真田兵1,200。

おとり作戦にひっかかった徳川勢は上田城二の丸まで引き込まれて撃退。

後退の際に城方の追撃を受け、更に神川に逃げた潰走兵を溺死させ、死んだ徳川勢は1300。

地形を生かして見事に真田勢が勝利した戦いでした。

 

2回目は、第二次上田合戦。

関ヶ原に向かう徳川秀忠率いる徳川軍38,000を、降伏を匂わせて上田城(真田軍3,000)で足止めした挙句、あからさまな挑発で徳川軍をさんざんに悩ませた智謀の光る戦いでした。

城に引き込んで身動きのとれなくなったところを奇策でさんざんに叩く。

結局、徳川軍は得るところもなく大損害を喫して上田を後にしました。

この戦は、秀忠勢を関ヶ原の戦いに遅参させるための作戦であったとの説もあります。

 

3回目は、大坂冬の陣。ここでの主役は真田信繁(幸村)です。

おそらく、世界最大級の城での世界最大規模の籠城戦(徳川軍20万人に対し豊臣方10万人の籠城と言われる)において、彼ほどの華麗な戦いは他に類を見ることはできません。

幸村は、大阪城の弱点とされる南方をカバーするため敢えて敵との最前線に出丸(後に真田丸と呼ばれる)を築きます。

構造は東西180メートルほど、半円形(一説には方形)の曲輪で、三方に堀・塀を配し、外側には三重の柵を敷いた独立堡塁。

徳川軍は、前田利常・井伊直孝・松平忠直らの軍勢が攻勢を開始。しかし、ここでも徳川軍は挑発に乗って壊滅的打撃を受けます。

寄せ手を引き付けるだけ引き付けて一気に殲滅する幸村の作戦は上田城での戦術を踏襲したものだったのでしょう。

大阪城

 

結局、徳川は生涯で3度戦って、一度も真田を撃破することができなかったのです。

 

その理由として、真田の智謀はもとより、その卓越した情報通信能力があげられます。

 

関ヶ原で西軍に加勢したとして、真田昌幸・幸村父子は和歌山の九度山に蟄居を命ぜられましたが、その間も、全国津々浦々の情勢を掌の上にあるかのように掌握をしていたと言われます。

また、大坂の陣でも家康の動きを正確に捉えていたと言われます。

籠城の武将が20万の敵の囲いの中で、情報を的確に得るのは尋常な方法では不可能でしょう。

 

真田幸村像(大阪)

真田幸村像(大阪市天王寺区)

当時、戦時の情報伝達手段はさまざまありました。

・矢文(矢柄に結びつけたり穴に入れたりして射て届ける書状)

・狼煙(遠くから煙を挙げての通信。内容により色を変えた)

・狼火(夜など遠くから火で合図する)

・龍勢(上空で傘が開き、様々な仕掛けが作動する花火)

等々。

 

しかし、幸村の場合は忍(しのび)が通る抜け道を用意していたのではないかとも言われます。

 

真田十勇士で知られ、幸村に仕えたとされる10人の家臣はいずれも伝承上の架空の人物のようですが、真田は後世に伝えられるほどの諜報力を持っていたのでしょう。

 

しかし、この世界史的籠城戦も冬の陣が終わると家康の策略でほとんどの濠を埋められ裸同然にされてしまいます。真田丸もまっさきに取り壊されてしました。

この段階での籠城はイコール「死」を意味します。

残された勝機は「家康一人を倒すこと」。あらゆる情報も、この一点のために集約されたことでしょう。

幸村は、大坂夏の陣で家康をもう一歩のところまで追い詰めましたが、力尽きて打ち取られてしまいます。ちょうど400年前の夏のことです。

 

しかし、その鮮烈なまでの猛将・智将ぶりは爽やかな印象すら与えてくれます。

(2015.08)

 

 

「切腹最中」を味わいながら

 

新橋の銘菓「新正堂」は大正元年創業。

人気のTV番組「有吉くんの正直さんぽ」で紹介され、一躍有名になりました。中でも逸品は「切腹最中」。

 

その名の通りパックリと割れた皮から餅入りアンコが”これでもか!”とはみ出す姿はグロく、一見ブラックジョーク。ところが意に反して味も香りも絶品。仕事のクレームなどでお客さんのところに「代わりに腹切り」でお詫びの手土産で持っていくサラリーマンも多く好評だとか。

 

ところでこの「切腹最中」は、忠臣蔵事件の発端となった浅野内匠頭の切腹に由来します。

松の廊下

 

現在、JR新橋駅から数分歩いた日比谷通りに面して「浅野内匠頭終焉之地」の碑が建っています。

虎の門ヒルズも近いオフィス街がかつては歴史の大舞台だったことに何とも言えない感銘を受けます。

 

そこで、しばし江戸中期を「さんぽ」してみたいと思います。

 

そもそも事件は、勅使御馳走役であった赤穂藩主・浅野内匠頭が江戸城・松之廊下で吉良上野介に突然「この間の遺恨、覚えたか!」と叫びながら小刀で斬りかかったことが発端でした。

これが、元禄14(1701)年3月14日のこと。

刃傷沙汰に及んだ理由は諸説あるようですが、内匠頭が上野介に何かしら耐え難いほどの怨恨を抱いていたことは確かでしょう。

 

「殿中でござる!!」抜刀厳禁の城内においての狼藉が許されることはありません。本人も処分の決定する日まで軟禁を覚悟していたことでしょう。しかし、なんと内匠頭はその日のうちに切腹を命じられました。

 

「風誘う 花よりもなお 我はまた 春の名残を いかにとやせん」

(風に誘われて散る花も春が名残り惜しいだろうが、それよりもなお、もう見ることが出来ない春を名残惜しく思う私は、いったいどうすれば良いのだろうか。)

との辞世の句を残した35歳の内匠頭の無念はいかばかりであったことでしょう。

淺野内匠頭終焉の地

 

更には、お家の取りつぶしにまで発展。

ところが、被害者である吉良上野介には何のお咎めもなかった(喧嘩両成敗ではなかった)ことで、義憤に燃えた浪士が立ち上がったのが赤穂浪士の四十七士です。

 

ここで注目すべき点を、「郵便珍話」らしい角度で見てみます。

 

刃傷沙汰が発生したのは前述の通り3月14日の午前11時頃。

 

この「殿中刃傷の発生」の書状をを即刻赤穂城にもたらすべく、この日の夕方に江戸・鉄砲洲の赤穂浅野家の上屋敷を萱野三平と早水藤左衛門が出発。

 

その夜、「内匠頭切腹」と「赤穂藩淺野家改易」を伝えるべく、原惣右衛門と大石瀬左衛門の第2陣が西に向かいました。

 

江戸から播州赤穂までの道のりは155里(単純計算で620km フルマラソンの14.5倍)。

驚くべきことに、第1陣の到着は3月19日明け方。

期間にして4日余り。

更に第2陣到着は1陣の16時間後。

 

当時は、馬での移動は許されないため、早駕籠を使ったと言われます。

通常なら十数日かかる行程を昼夜兼行で駆けに駈けたのでしょう。

おそらくは、乗り継ぐ宿場(東海道・西国街道などの70箇所)ごとに待機していた次の舁手と交代して走る駅伝方式であったと思われます。

早駕籠ですので、中の人も揺れに振り落とされないよう必死でつかまっていたことでしょう。

街道が整備された江戸時代とはいえ、現在とは比べ物にならないほど山坂も多く関所もある。

それを、ともすれば「広告郵便」や「ゆうメール」よりも早く走り抜けた赤穂の藩士たち。

 

試しに、グーグルマップで赤穂浅野家の上屋敷にほど近い京橋郵便局から兵庫県の赤穂城址までを観てみました。

それによると、東海道・国道1号線経由で距離608km、徒歩(ぶっ通し)で126時間(5日半)と表示。

それよりも1日早い到着。どれほど凄い旅程だったかがわかります。

 

「忠臣蔵ゆかりの地」めぐりの方は、是非マッカーサー道路沿いの「新正堂」にもお立ち寄りを。

「義士ようかん」に描かれた四十七義士の武者絵と「正直さんぽ」の有吉くんステッカーが出迎えてくれます。

(2015.07)

 

 

身近になったバーチャルな世界

 

先日、「AR」のコンテンツ制作ツールのサービスを手掛ける会社の営業さんが来社し、デモンストレーションを見せてくれました。

「AR」とは拡張現実(英語で Augmented Reality:オーグメント・リアリティ の頭文字)のことで、スマホやタブレットなどの機器を通して見ることが出来るVR(バーチャル・リアリティ:仮想現実)の一種です。

視聴用の再生エンジン(ソフト)をダウンロードしておくだけで、あらかじめ登録してある紙媒体画像であれば全く別の立体画像と重ね合わせることができる技術です。

 

AR(DM発送アルファラン)

例えば、江戸城の古地図をスマホで見ると立体の天守閣がニョキニョキと生えてきたり、ポスターの中のアイドルが踊りだして自分に話しかけてきたりと。

非日常的な意外性がうけて主に電子広告(デジタル・サイネージ)の分野での利用が広がっているようです。

 

 

話を聞いていておもしろかったのは、単なる(というか高度な)VRとは違い、身近な紙媒体とデジタル技術が融合するところ。

 

この技術がもっと一般的になったら、例えば年賀状などに印刷されている家族写真にスマホをかざすと赤ちゃんが泣き出して飛び出してきたり、映画「ミッション・イン・ポッシブル」の指令も一見普通のビジネス文書1枚(スマホをかざすと本当の内容がわかる)で済むわけです。

 

更に面白いのが、立体映像(コンテンツ)の方の入れ替えも可能なので、何カ月後かに同じハガキや書類にスマホをかざしても違う映像になっているかもしれないわけです。赤ちゃんの写真も大人になっていくかもしれません。

 

これからは郵便物も違う利用方法と可能性が出てきたように感じました。

(2015.06)

 

 

古本からの書簡

 

サラリーマンの聖地・新橋駅は、SL広場で古本市が開催されることでも有名です。
先日古本市が立った際にちょっと立ち寄ったら、やけに古い本を扱っている店先に「蘇峰自伝」という、これまたいかにも古めかしい本が目を魅きました。

いうまでもなく明治から昭和にかけてのジャーナリスト・徳富蘇峰の自伝書ですが、

国民新聞社時代の徳富蘇峰

国民新聞社時代の徳富蘇峰

私の住む大田区・山王には旧居の残る蘇峰公園(山王草堂)があり、気になって開いてみようと思ったのが始まりでした。

 

長い年月の間誰も開いたことがないのか外箱から出すのに一苦労しましたが、その厚さ5センチほどの本を開いたら思わず「あっ!」と叫んでしまいました。

何と、中に古い手紙が挟まったままになっていたのです。この自伝自体が昭和10年に発行されたものであり、消印は不鮮明ながらも30銭切手が貼ってあったことから昭和初期・戦前の手紙と推測。
手紙の挟まっていたところだけページの色が変わるほどだから、70年以上もこのままだったのかもしれない。。。。

一瞬の動揺を押さえつつ、隣にあった蘇峰著の本と一緒に何事もなかったかのように千円札で購入。戻ってすぐにインターネットで調べてみました。

 

毛筆で書かれた差出人は群馬県勢多郡のS氏。宛先は静岡県富士郡のH氏となっていました。

 

差出人のS氏という人物について、徳富蘇峰との関係を調べてみると、蘇峰に対して書簡を送った人物にこの名前があり、何かしらかの交流がうかがえました。
同名に東京の警察幹部や地方議会議員であった人物が検索でヒットするのですが、一致するか否かはまだ不明。

一方、H氏という人物については蘇峰との関係は不明ですが、富士市の発展に尽力した人物がヒットします。

しかし、手紙を受け取ったH氏が、自宅にあった「蘇峰自伝」に何かしらの理由で挟んだまま忘れたと考えるのが妥当だと思うので、やはりH氏も蘇峰と全くの無関係ではなく、人を介してでも繋がっていたと考えたいものです。

 

手紙の中身も毛筆で書かれた達筆な文字。残念ながら全くと言っていいほど内容は読めませんでした。

たまたま見つけた古本と手紙から、思わぬ苦闘を強いられる結果となりましたが、歴史的人物とつながる人の手紙というのは何とも言えないワクワクした嬉しさもあります。

 

癖にならないようにしないといけない!と思いつつ、古本市が立つ度にきっとまた古めかしい厚い本を物色するのでしょう。

(2015.05)

 

 

郵便ポストのイロイロ

 

テレビで時折取り上げられるのでご存じの方も多いと思いますが、日本の多くの自治体ではその地域の特産や観光スポットをモチーフにした多種多様な「デザインマンホール」があります。

中には色付きのカラーマンホールもあり、写真を撮るため日本全国を旅するマニアもいるそうです。

<日本橋堀留町のポスト>

同じように「郵便ポスト」も日本全国様々です。
まだ残っている地域もありますが、速達専用のポストはなかなかの年季モノです。
以前に本珍話で「海底ポスト」の話題に触れましたが、その他にもその地域に根差した「珍ポスト」が多くあります。

 

お茶の名産地としてよく知られている京都府宇治市。JR宇治駅南口には、茶壷型の郵便ポストがあります。

抹茶の特産地としては愛知県西尾市も負けじと抹茶色の丸型ポストを設置。
その他にも楽しいポストが日本中にあります。

埼玉の大宮駅には貨車のパーツを付けてカエル型に改造した緑色の特殊ポスト。
奈良の東大寺が載っかってるポスト。兵庫県の県鳥であるコウノトリポストなどなど。

 

<東京駅構内のポスト>

<東京駅構内のポスト>

沖縄県那覇市の「沖縄復帰20周年記念ポスト」は夜間はライトが点いてポスト全体が巨大な行灯のように光り、美しい沖縄の風景を映し出すものがあります。

光るタイプでは、札幌駅前南にある太陽電池の電力を利用たオブジェ風ポストがあり前面のイルミネーションが点滅するユニークなものもあります。

 

そもそも日本では、黒だったポスト(郵便受箱)を夜目にも目立つ赤色に変更してから定着。味も素っ気もないポストが全国に約18万本あります。

地域活性化のためにも地方自治体がひと肌脱いで、観光の目玉になるポストをもっと増やしていってもらいたいものです。

 

(2015.04)

郵便珍話 DM発送代行㈱アルファラン

 

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